厩務員 - 馬の学校アニベジ
馬の学校アニマル・ベジテイション・カレッジは 馬のプロを目指している皆さんの夢を叶えるための学校です。

厩務員

「好き」を仕事にしたら幸せ?
競走馬に夢をかける青年たち

今回は、JRAの「美浦トレーニング・センター」(茨城県稲敷郡美浦村)で、厩務員として働いている2人の卒業生を訪ねました。

(右)綱本 僚太さん 23歳
神奈川県出身。父親と競馬を観戦しているうちに厩務員になりたいと思うようになり、高校卒業後アニベジ本科で3年間学ぶ。2017年に卒業、難関のJRA競馬学校厩務員課程に現役合格。半年間の厩務員課程終了後、晴れて美浦トレーニング・センターの厩務員となる。

(左)澁谷 優真さん 20歳
新潟県出身。幼い頃から騎手に憧れ、中学卒業と同時に親元を離れアニベジに入学。綱本さんの1年後輩にあたる。アニベジ在学中に思いのほか身長が伸びてしまい、騎手の夢は諦めざるを得ない状況に。悩んだ末、厩務員志望に転向。JRA競馬学校厩務員課程に現役合格し、半年前から美浦トレーニング・センターの厩務員として働いている。

この広大な敷地が彼らの仕事場。

美浦トレーニング・センターには約100の厩舎があり、常時2,000頭を超える競走馬がレースへの出走へ向けて毎日トレーニングを行っています。

アニベジ在学中から仲が良かったという二人。卒業後、再び同じ職場で先輩後輩となりました。

夏は朝5時から調教開始

時折20代の若者らしいあどけなさものぞかせますが、日々厳しい勝負の世界と向き合い、朝早くから担当馬の飼育管理、運動、手入れ、馬房掃除などの厩舎作業を行っています。

―――――今仕事を始めてどれくらいですか?

綱本さん:私は約1年半ですね。

澁谷さん:僕は半年です。

―――――仕事には慣れた?

澁谷さん:ようやく…。

綱本さん:馬中心の生活なので、何でも馬に合わせて動く。そうすると季節によって生活リズムが変わるので、慣れるのもなかなか大変なんですよね。

―――――季節によって変わるんだ。

綱本さん:寒さに強く、暑さに弱い競走馬に適した気温の中で調教を行うので、春と秋は朝6時に馬場が開場するけど、夏は5時になります。

逆に冬は日が昇るのが遅いし地面が凍ってしまうので、7時開場。

馬場の開場時間に合わせて調教を始められるように、そこから逆算して馬の準備運動や厩舎の掃除などをするので、夏と冬では生活リズムが全く変わります。

―――――いずれにせよ朝早い! 1日の仕事の流れは大体どのような感じですか?

綱本さん:担当馬は2頭いて、まず担当馬の馬房の掃除や餌作りから始まります。

その後「常歩(なみあし)」といって、人間でいうストレッチみたいな準備運動をさせてから、馬場で調教を行います。

それから馬の手入れなどをする感じですね。

―――――朝早いのは苦じゃない?

:苦じゃないって言ったら嘘になるけど…(笑)

綱本さん:去年初めての夏を経験した時は正直しんどかったです。夏は5時に調教開始だから、2時頃には起きないといけない。それで朝の9時半には仕事が終わる。昼夜逆転ですよね。夜に3時間、昼に3時間とかって分けて寝るので、起きた時に朝なのか夜なのか分からなくなったりして(笑)。

慣れるまでにはまだまだ時間がかかりそうだけど、生き物が相手ですからね。

―――――朝9時半に仕事が終了するって生活ってすごいなぁ…。澁谷さんはこれから初めての夏を経験するわけですね。

澁谷さん:アニベジでも朝早くから馬の世話をする生活をしていたから、その経験は生きているけど、仕事となるとまた責任感が違いますね。

▲アニベジ生時代の澁谷さん。騎乗技術はアニベジでめきめきと上達した。

―――――澁谷さんは、もともとは騎手になりたかったんですよね。

澁谷さん:はい、なのでアニベジでは乗馬技術の向上に力を入れていました。

でも、体重管理はしていたんですが身長が伸びてしまって…。

騎手を目指し続けるか、他の道に進むか悩みました。

綱本さん:その時はずっと電話で話聞いてたよな。

澁谷さん:そうですね。海外で騎手を目指すことも考えました。オーストラリアとか、比較的ライセンスの取得がしやすい地域もあるので。いずれにせよ、馬に関わる仕事以外は考えられなかった。

綱本さん:俺らから馬を取ったら何もないもんな!(笑)

―――――アニベジ在学中から、澁谷さんにとって綱本さんは良き相談相手だったんですね。それで厩務員という道を選んで、実際担当馬が初めてレースに出た時はどんな気持ちだった?

澁谷さん:子どもの頃は外から見ていた側だったので、自分が内側に立っているのが不思議な気持ちでした。

当時は何気なく見てたけど、実際競馬場に入ると馬もテンションが上がったりするので、落ち着かせるのも大変だし、視点が変わりましたね。すごい神経を使います。

綱本さん:私も初めて出た競馬場が父親と一番よく行っていた東京競馬場で。もう緊張で頭真っ白だったのを覚えてます。

初めて自分がゼロから担当させてもらった馬をレースに出した時は、無事に帰ってきてほしいなって気持ちが一番だったから、走りきってくれた時はすごいうれしかった。

―――――憧れだった場所に立つって誰もができることではないですよね。担当馬は、自分の子どもみたいな感じ?

綱本さん:うーん、馬の場合は、自分だけじゃなくて、いろんな人が1頭に関わっている。育成牧場にも大切に育ててくれた人がいて、最終的に厩務員のところに来る。

最後の仕上げなんです。

だから、その馬と一緒にいる時間は一番短いんですけど、一番責任が大きい。育成牧場の人にも感謝して、素敵な仕事だなって思いながら担当馬と関わっていますね。

澁谷さん:競馬ってやっぱり騎手が脚光を浴びるけど、それだけじゃない。レースに出るまでにどれだけの人が関わっているかを痛感してます。

なんだろう、このまぶしさは…もはや悟りを開いているかのよう。とても20代前半とは思えないしっかりとした話しぶりに、自分の「好き」を探究して自ら道を切り開いてきたたくましさを感じます。

ターニングポイントは澁谷さんの初勝利

―――――厩務員の仕事を始めて苦労したことは?

綱本さん:実は担当馬が初めて勝ったのがついこの前なんです。1年以上勝てずに悩んでいた時、澁谷君が入って半年で先に1勝したんですよね。

それがターニングポイントというか、自分の中でだいぶ大きかった。悔しいのもあるし、まだ足りないな、努力も考え方も至らない部分があるなって思った。

―――――そこからどうやって初勝利をつかめたのですか?

綱本さん:いろんな人にどうしたらいいのか聞きました。それまでは一人で悶々と考えてるだけだった。でもある先輩に「アンテナが立っていない」と指摘をいただいて、自分を変えました。

職場は学校と違うんだから、疑問に思ったことは自分から聞いて教えてもらわなきゃって。

だから「勝った」っていうより、「勝たせていただいた」んです、周りの人に。

―――――澁谷さんも含めて?

綱本さん:はい、澁谷君にも感謝してます。もともと後輩だけど、馬の世界では関係ない。先に勝ったってことは、少なからず澁谷君にあって自分にないものがあった。

澁谷さん:僕も綱本さんからたくさん刺激を受けました。

綱本さん:私は高卒でアニベジに入ったけど、澁谷君は中卒で入って、同世代が遊んでいる時間も馬に捧げてきた。尊敬しますよね。

澁谷さんの初勝利後、後を追うように一勝を果たした綱本さん。今度仲間たちとみんなで、二人の祝勝会をするのだそう。アニベジ時代に築いた絆が、今も二人を共に成長させてくれています。


▲アニベジ在学中の騎乗練習風景。学生時代から切磋琢磨してきた。

働く前と後で目標が変わった

―――――今後の抱負は?

綱本さん:厩務員として働く前は「大きなレースで勝ちたい」と言っていたけど、やってみて簡単じゃないって分かった。

いい馬を担当させていただいて、なおかつたくさんの人が手伝ってくれて、どうにか1年半で1勝できた。それは決して早い方でも多い方でもない。でもいろいろ考えながらやっと勝てたからこそ、いい経験になった。

こんな経験をしたらもう調子には乗れない。

目の前の今自分が担当している馬を、少しでも良くしたいっていうのが一番の目標です。それが結果的に勝つことに繋がっていくと思っているから。

澁谷さん:僕も騎手を目指していた頃のように、「勝ちたい」っていう気持ちがないわけではないですけど、実際にこの世界に入って、競馬場であれだけの頭数の馬を目の当たりにして、一勝するって本当に大変なんだなと分かりました。

大きい目標を持つのも悪くないけど、目の前の一勝がまず大事。

勝つ勝たないで馬の人生って変わってきてしまうので、少しでも良い人生を送れるようにしてあげたいですね。

綱本さん:怪我をさせてしまったらすべてが水の泡。無事にレースのスタートラインに立たせてあげられなければ、勝つ可能性すらゼロにしてしまう。

だから担当馬の持っている能力を最大限引き出して、開花させてあげたいって思っています。


▲アニベジ生時代の綱本さん。かっこいい!

―――――実際に働いてみて、いろんなことが見えてきたんですね。アニベジの後輩たちやこれから馬の世界を目指す人へアドバイスはありますか?

澁谷さん:もし僕みたいに騎手を目指してダメだったとしても、厩務員も素晴らしいお仕事ですし、やりがいはすごいある。道はたくさんあるから、視野を広げてぜひ馬の世界に進んでほしい。

馬が好きって気持ちがあれば、絶対楽しいので。

綱本さん:「やりたい」って気持ちがあるなら挑戦しないのはもったいない。どうせ無理だとか思わずに、1回やってみてほしいですね。

自分は中学生の時から厩務員になろうと決めていたから、一番なりたかった仕事に就けてすごく楽しい。でも楽しい分、辛いこともあります。

好きなことを仕事にしてていいなぁって思われるかもしれないけど、悩むこともたくさん。アニベジ在学中も悩んだり、何か言われたら落ち込んだりもしました。でも、それで打たれ強くなった。アニベジでも、今の厩舎でも、厳しく指導してくれる人がいるってすごい良いことだなと実感してます。

だから辛くても逃げずに、ちょっとだけ我慢してみてほしい。

―――――早くに自分のやりたいことを見つけて、壁にぶち当たっても乗り越えて、そこまで気付いている…なんだか年齢以上に大人に感じます。

澁谷さん:自分たちの力じゃない。親もそうだし、アニベジの先生、先輩、いろんな人に支えてもらってます。

綱本さん:好きを仕事にするってうれしいこと。仕事にしないで、ただ好きなままでいた方が楽だったかもしれないって思うこともあるけど、10あるうち9辛くても、1報われればなんとか踏ん張れるのが好きな仕事だと思う。

―――――もしアニベジに行ってなかったら今何をしてると思う?

綱本さん:いちファンとして馬券買ってるかもしれない(笑)

澁谷さん:まずここにはいないですね(笑)

仕事に対する充実感と、苦悩しながらも少しずつつかみ始めた自信を感じさせる二人の笑顔は、なんとも清々しい気持ちにさせてくれました。

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